「ノブレス・オブリージュ」という言葉は、もともと19世紀フランスで、市民より貴族、貴族より王族はより多くお金や権力を有しているため、その分より多くの税や義務を負わなければならないという社会的責任に関する考え方だ。私は「財力」の部分を「才能」と解釈して自分の生き方に反映している。遺伝学から才能とは、生まれ持った素質、努力、維持の3つと定義されている。この定義理由には、ミシガン州立大学とテキサス大学の合同研究で、努力する能力、それを維持できる能力を有する遺伝子が見つかったことからである。確かに、例え教育の機会が平等であったとしても皆が同じ成績にならないことから、この説は有力だと感じた。もっとわかりやすく言うと、私の友人の一人は感情の出力や意思疎通で難しいところがある人で、興味ある分野以外に集中できないという特性を持っている。そういった人に自分と同じレベルで努力することを求めることはできない。ユニークな人たちや弱者を見捨てる考え方をよく見聞きするが、それを救う社会の方が大事であり、結果的にメリットもある。一つは、議論の発生だ。自分と違う考えの人がいればいるほど議論が発生し、面白い社会になるのではないだろうか。二つ目として問題の解決だ。たった今、自分とは全く関係ないと思われる場所で発生している問題だとしても、それを解決しておくことで以後、そこから派生し自分に降りかかるだろう事象を排除することが出来るかも知れない。最後に、助けることで人は幸福を感じる。助ける助けられるという関係性は、どちらも幸せであると考える。皆も自分だけでなく、周りの人を愛してほしいと強く願う。