先日、友人の結婚式に招待された。私の周囲には式を挙げる人が少なく、誰かの結婚式に参列するのは人生で初めての経験だった。長年の友人の結婚ということもあり、気合を入れて参列時のマナーや招待状の返信方法などを調べていたのだが、現代では招待状はWeb送付が主流らしく、LINEで送られてきたURLにアクセスし、必要事項を入力して送信するだけという非常に簡単なものだった。手間がかからず便利だなと思いながら入力を終えたのだが、最後に「ご祝儀をWebで送れます!」という事前送金サービスの案内が表示された。それを見た瞬間、私は「あまりに風情がない……」と思った。特別な式典へのお祝いであるはずなのに、途端に一般的なイベント運営の作業のように思えてしまったのである。もちろん、新郎新婦側の負担を考えれば、事前振込は非常に効率的だ。SNSの普及によって年賀状文化が薄れ、神社のお賽銭ですらキャッシュレス化される時代である。そうした価値観の変化も自然な流れなのかもしれない。しかし私は、ご祝儀袋に筆文字で名前を書き、新札を包むという、一見すると非効率で無駄にも思える慣習には意味があると考えている。その一連の行為自体が、相手への祝福の気持ちを形にする“儀式”なのだと思う。テクノロジーが急速に発展する現代において、こうした慣習やしきたりは今後さらに衰退していくのかもしれない。それでも、何でも効率化されていく世の中だからこそ、私はそうした「無駄」の中に含まれる情緒や趣を大切にしていきたい。