テイルウィンドシステム 立川市のIT求人 コンサルティング、設計、開発

3分間スピーチ

  1. Home
  2. /
  3. 3分間スピーチ
K・Iリーダ(♀)

日々多くの業務をこなす中で、依頼事項や社内の期限などのタスクをどのように管理しているだろうか。よくある方法として、メールに一度目を通した後に未読へ戻したり、付箋を活用したりする方法がある。私自身も、紙にタスクを書き出したり、必要に応じてアラームを設定したりしながら管理している。以前はPCの付箋やメモ機能を使っていたが、自分には合わず、最終的には紙での管理が最も合っていると感じている。また、勤怠入力や工数登録、交通費申請など、忘れやすい必須タスクについては、スマホのリマインダー機能を活用している。完了するまで通知が残るため「あとでやろう」と思ったまま忘れてしまうことを防ぎやすい。このように「忘れない工夫」を始めたきっかけは、新卒時代に工数登録を2日連続で忘れてしまった経験であった。日々のやるべきことをルーティーン化し、自然にこなせる人も多いと思うが、私は「慣れればできる」と思っていても、意外と抜けてしまうことがある。そのため、できるだけタスクを見える化するよう意識している。人によって合う管理方法は異なるが、大切なのは「忘れないための自分なりの仕組み」を作ることだと思う。私自身、見える化を意識することで、タスク漏れや期限超過を減らすことができていると感じている。今一度、自分に合ったタスク管理方法を見直してみてはいかがだろうか。

K・Kさん(♀)

先日、毎年2回東京ビッグサイトで開催される日本最大級のアートイベント「デザインフェスタ(通称:デザフェス)」に行ってきた。約6500ブース、2日間で最大14万人が来場する大規模なイベントで、プロ・アマ問わず誰でも出展できるのが特徴だ。会場内には、絵画・イラスト・アクセサリー・ファッションなど、様々なジャンルの作品が所狭しと並び、歩いているだけでワクワクする空間が広がっていた。会場を歩きながら特に強く感じたのは、ここに出展している方々は皆、「実際に行動を起こし、やり遂げた人」だということである。何かを作りたい、誰かに届けたいという気持ちを持つ人は世の中にたくさんいる。私もその一人だ。しかし、そこから実際に作品を作り、販売までやり切った人だけが、この場所に立っている。「いつかやろう」「時間ができたらやろう」と思っているうちは、何も始まらない。頭の中で考えるだけでなく、まず一歩踏み出すことの大切さを、出展者の皆さんの姿から改めて実感した。また、自分自身も普段の仕事やプライベートにおいて、あれほどの熱量で物事に取り組めているだろうかと、振り返るきっかけにもなった。出展者の皆さんの熱意を直に感じ、さらには“運命の作品”にも出会えるデザフェスを、ぜひおすすめしたい。

G・Kリーダ(♂)

今回、3分間スピーチで何を話すか考えていたのだが、なかなかテーマが決まらず、色々と悩んでいるうちに時間だけが過ぎていった。その時に思ったのが、「今の自分はまさに優柔不断なのではないか」ということである。そこで、「優柔不断」と「決断力」について改めて考えてみた。「優柔不断」という言葉は、一般的にはあまり良い意味では使われない。物事をなかなか決められない、迷いが多い、行動に移すまでに時間がかかる、といった印象がある。しかし一方で、優柔不断とは「物事を慎重に考えられる人」とも言い換えられるのではないかと感じた。一つの選択に対して、リスクや周囲への影響、失敗した場合のことまで考えるからこそ、簡単には決められないのである。一方で、決断力がある人とは、まったく迷わない人ではなく、迷った上で前に進める人なのだと思う。大切なのは、迷わないことではなく、迷った後にいかに早く行動へ移せるか、ということだ。もし進んだ先が間違っていたとしても、その時に修正すればよい。その積み重ねが、結果として決断力につながっていくのではないだろうか。今回のスピーチテーマも、なかなか決まらなかった。しかし、迷っている自分自身をテーマにすることで、今日の話へと繋げることができた。慎重に考えられる良さは大切にしつつ、最後には一歩前へ進む決断ができるようになりたい。

S・Kさん(♂)

私には、友人とよく話すテーマが二つある。一つは「失敗を恐れずにチャレンジすること」、もう一つは「決して失敗を許さないこと」である。一見すると矛盾しているようにも聞こえるが、この二つには深い関係があると感じている。例えばITの仕事であれば、バックアップを取得する、切り戻し手段を準備しておくなど、失敗を防ぐための工夫を徹底することが求められる。もちろん、それも非常に重要な考え方である。しかし、私は「失敗を許さない」という言葉を、少し違う意味で捉えている。それは“失敗したままで終わらせないこと”である。人は誰しも失敗する。どれだけ準備をしていても、うまくいかないことは必ずある。だが、その失敗をそのままにせず、原因を振り返り、次の挑戦へ繋げることができれば、それは単なる失敗ではなく、成功への糧になる。私は、あきらめずに挑戦し続けることこそ、本当の意味で「失敗しない」ということだと思っている。継続して挑戦し続ける限り、絶対に負けることはない。そして、いつか必ず成功に辿り着けると考えている。

F・Kマネージャ(♀)

近年、AIはさまざまな分野で活用が進んでいるが、その中でも「脆弱性の発見に特化したAI」が注目されている。これは、システムの弱点を洗い出し、セキュリティを強化することを目的とした技術であり、人間では見落としがちな欠陥や、長年発見されなかった脆弱性を特定できる点で、非常に革新的である。攻撃を未然に防ぐ手段として、大きな可能性を持っていると言える。一方で、この種の技術は、扱いを誤れば大きなリスクにもなり得る。同じ仕組みを悪用すれば、システムの弱点を効率的に発見し、攻撃へ転用することも可能になるためである。そのため、今回のAIは一般公開されず、限られた組織の中で慎重に運用されているようだ。AIそのものが危険なのではなく、「どのように使うか」が本質的な問題である。技術は常に利便性とリスクの両面を持ち合わせており、その双方を正しく理解した上で活用する姿勢が求められる。AIが当たり前の存在となりつつある現在、利便性の追求だけではなく、リスクへの理解とセキュリティ意識の向上が、これまで以上に重要になっていくのではないだろうか。

K・Sさん(♀)

先日、友人の結婚式に招待された。私の周囲には式を挙げる人が少なく、誰かの結婚式に参列するのは人生で初めての経験だった。長年の友人の結婚ということもあり、気合を入れて参列時のマナーや招待状の返信方法などを調べていたのだが、現代では招待状はWeb送付が主流らしく、LINEで送られてきたURLにアクセスし、必要事項を入力して送信するだけという非常に簡単なものだった。手間がかからず便利だなと思いながら入力を終えたのだが、最後に「ご祝儀をWebで送れます!」という事前送金サービスの案内が表示された。それを見た瞬間、私は「あまりに風情がない……」と思った。特別な式典へのお祝いであるはずなのに、途端に一般的なイベント運営の作業のように思えてしまったのである。もちろん、新郎新婦側の負担を考えれば、事前振込は非常に効率的だ。SNSの普及によって年賀状文化が薄れ、神社のお賽銭ですらキャッシュレス化される時代である。そうした価値観の変化も自然な流れなのかもしれない。しかし私は、ご祝儀袋に筆文字で名前を書き、新札を包むという、一見すると非効率で無駄にも思える慣習には意味があると考えている。その一連の行為自体が、相手への祝福の気持ちを形にする“儀式”なのだと思う。テクノロジーが急速に発展する現代において、こうした慣習やしきたりは今後さらに衰退していくのかもしれない。それでも、何でも効率化されていく世の中だからこそ、私はそうした「無駄」の中に含まれる情緒や趣を大切にしていきたい。

R・Kさん(♂)

去年あたりから、私の休日の過ごし方は大きく変わった。それまでの私はかなりのインドア派で、休日に外へ出ること自体を嫌がるタイプであった。平日の業務による疲れを理由に、休日は家に引きこもり、ゲームやYouTubeを見て過ごすことがほとんどであった。しかし、去年頃から学生時代の友人と遊ぶ機会が増え、以前よりもかなりアクティブに過ごすようになった。その付き合いの中で、さまざまなことを体験した。例えば、野球やテニス、登山をしたり、その場の勢いでシステマを習いに行ったりしたこともある。特に大きく変わったのは、運動をする習慣がついたことである。以前は休日に外出すること自体を嫌っていたが、今では月の休日の半分以上を野球やバスケットボールに費やしている。実際にこうした生活を続けてみて、休日をアクティブに過ごすことで、普段のストレスを軽減できるのだと感じた。ストレス解消法は人それぞれだと思うが、普段とは違う行動をすることで、気持ちがリフレッシュされるのだと思う。また、運動をすることは体の健康にもつながるため、一石二鳥である。私自身、以前はちょっとしたことで体調を崩すことが多かった。そのため今後も、休日はしっかりとリフレッシュしながら、心身ともに健康な状態で日々の業務に励んでいきたい。

Y・Kさん(♀)

先日、出張で鹿児島へ行ってきた。仕事の合間に1日休みをもらえたため、レンタカーを借りて多くの観光地を巡った。行く先々で現地の方々が気さくに話しかけてくれ、ネットや資料には載っていない情報を教えてくれたり、道案内をしてくれたりした。また、別の日にタクシーへ乗った際には、「今からメーターを止めるからね」と運転手の方が声をかけてくれ、運転手さんお勧めの観光地である「鰻の池」へ案内してもらうこともあった。街を散歩している時にも多くの人から話しかけられ、鹿児島には心温かい方が多いと感じられた。普段は都内でビルに囲まれ、スマホやPCばかりを見て過ごしていることもあり、その優しさがとても心に沁みた。頻繁に行ける場所ではないが、今後も心と体を休めるために自然に触れ、現地の方々と会話をする時間を大切にしていきたい。

K・Tさん(♂)

今年のGW、思い立って滋賀県のびわ湖へ行った。以前から「一度びわ湖を見てみたい」と思っていたこともあり、車で出かけることにした。滋賀県を訪れるのは今回が初めてである。混雑を避けるため夜中に出発し、車中泊を経て朝6時頃に到着した。浜辺を歩いてみると、静けさと澄んだ空気が相まって、どこか神秘的な雰囲気を感じた。今回の本当の目的地は「びわ湖バレイ」である。ロープウェイで一気に山頂付近まで上がることができ、そこから見下ろすびわ湖の景色は、言葉では表しきれないほどの絶景だった。写真や動画で見ていた琵琶湖とはまったく別物で、目の前に広がる圧倒的なスケール感や、肌で感じる空気の清らかさは、その場に立たなければ味わえないものだと強く実感した。この体験を通して、実際に自分の足で訪れ、体感することの大切さを改めて感じた。どれだけ写真や映像技術が発達しても、現地で感じる空気や温度、そして心が動く瞬間には、やはり特別な価値がある。次は島根県の石見銀山を訪れてみたいと考えている。さらに時間ができた際には、沖縄や北海道といった場所にも足を運び、自分の世界を広げていきたい。

T・Tさん(♀)

「キャパオーバー」という言葉を、一度は耳にしたことがあると思う。私は以前「キャパが広い人=仕事ができる人」だと考えていた。そのため新卒の頃は、「仕事ができると思われたい」という気持ちが強く、とにかく何でも仕事を引き受けるタイプであった。当時、全国にある店舗の棚板の発注業務を担当していたのだが、店舗ごとに棚の形状や厚み、仕上がりが異なるため、確認事項も多く、非常に細かい仕事であった。私は「自分で全部できるようにならなければならない」という思いが強く、できるだけ上司を頼らず、一人で対応しようとしていた。最初は何とか回せていたものの、発注が増えるにつれて確認漏れや発注ミスが増え、最終的には「絶対に間違えない」と思っていた単純な部分までミスをするようになってしまった。その時初めて「キャパオーバーになると、頑張っているつもりでも、かえって仕事の質が下がってしまう」という事実に気づいた。そして、自分だけでなく、周囲にも迷惑をかけてしまうことを痛感した。また、キャパは「生まれつき決まっているもの」ではなく、経験や周囲との関わり方によって、少しずつ広がっていくものだとも感じた。実際、私自身も3年ほど経った頃には、他の業務と並行しながら別の発注業務もこなせるようになり、自分なりにキャパを広げることができた。失敗したり、周囲を頼ったりしながら、自分に合った進め方を知っていくことで、人は少しずつ成長していくのだと思う。