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3分間スピーチ

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F・Kマネージャ(♀)

近年、AIはさまざまな分野で活用が進んでいるが、その中でも「脆弱性の発見に特化したAI」が注目されている。これは、システムの弱点を洗い出し、セキュリティを強化することを目的とした技術であり、人間では見落としがちな欠陥や、長年発見されなかった脆弱性を特定できる点で、非常に革新的である。攻撃を未然に防ぐ手段として、大きな可能性を持っていると言える。一方で、この種の技術は、扱いを誤れば大きなリスクにもなり得る。同じ仕組みを悪用すれば、システムの弱点を効率的に発見し、攻撃へ転用することも可能になるためである。そのため、今回のAIは一般公開されず、限られた組織の中で慎重に運用されているようだ。AIそのものが危険なのではなく、「どのように使うか」が本質的な問題である。技術は常に利便性とリスクの両面を持ち合わせており、その双方を正しく理解した上で活用する姿勢が求められる。AIが当たり前の存在となりつつある現在、利便性の追求だけではなく、リスクへの理解とセキュリティ意識の向上が、これまで以上に重要になっていくのではないだろうか。

K・Sさん(♀)

先日、友人の結婚式に招待された。私の周囲には式を挙げる人が少なく、誰かの結婚式に参列するのは人生で初めての経験だった。長年の友人の結婚ということもあり、気合を入れて参列時のマナーや招待状の返信方法などを調べていたのだが、現代では招待状はWeb送付が主流らしく、LINEで送られてきたURLにアクセスし、必要事項を入力して送信するだけという非常に簡単なものだった。手間がかからず便利だなと思いながら入力を終えたのだが、最後に「ご祝儀をWebで送れます!」という事前送金サービスの案内が表示された。それを見た瞬間、私は「あまりに風情がない……」と思った。特別な式典へのお祝いであるはずなのに、途端に一般的なイベント運営の作業のように思えてしまったのである。もちろん、新郎新婦側の負担を考えれば、事前振込は非常に効率的だ。SNSの普及によって年賀状文化が薄れ、神社のお賽銭ですらキャッシュレス化される時代である。そうした価値観の変化も自然な流れなのかもしれない。しかし私は、ご祝儀袋に筆文字で名前を書き、新札を包むという、一見すると非効率で無駄にも思える慣習には意味があると考えている。その一連の行為自体が、相手への祝福の気持ちを形にする“儀式”なのだと思う。テクノロジーが急速に発展する現代において、こうした慣習やしきたりは今後さらに衰退していくのかもしれない。それでも、何でも効率化されていく世の中だからこそ、私はそうした「無駄」の中に含まれる情緒や趣を大切にしていきたい。

R・Kさん(♂)

去年あたりから、私の休日の過ごし方は大きく変わった。それまでの私はかなりのインドア派で、休日に外へ出ること自体を嫌がるタイプであった。平日の業務による疲れを理由に、休日は家に引きこもり、ゲームやYouTubeを見て過ごすことがほとんどであった。しかし、去年頃から学生時代の友人と遊ぶ機会が増え、以前よりもかなりアクティブに過ごすようになった。その付き合いの中で、さまざまなことを体験した。例えば、野球やテニス、登山をしたり、その場の勢いでシステマを習いに行ったりしたこともある。特に大きく変わったのは、運動をする習慣がついたことである。以前は休日に外出すること自体を嫌っていたが、今では月の休日の半分以上を野球やバスケットボールに費やしている。実際にこうした生活を続けてみて、休日をアクティブに過ごすことで、普段のストレスを軽減できるのだと感じた。ストレス解消法は人それぞれだと思うが、普段とは違う行動をすることで、気持ちがリフレッシュされるのだと思う。また、運動をすることは体の健康にもつながるため、一石二鳥である。私自身、以前はちょっとしたことで体調を崩すことが多かった。そのため今後も、休日はしっかりとリフレッシュしながら、心身ともに健康な状態で日々の業務に励んでいきたい。

Y・Kさん(♀)

先日、出張で鹿児島へ行ってきた。仕事の合間に1日休みをもらえたため、レンタカーを借りて多くの観光地を巡った。行く先々で現地の方々が気さくに話しかけてくれ、ネットや資料には載っていない情報を教えてくれたり、道案内をしてくれたりした。また、別の日にタクシーへ乗った際には、「今からメーターを止めるからね」と運転手の方が声をかけてくれ、運転手さんお勧めの観光地である「鰻の池」へ案内してもらうこともあった。街を散歩している時にも多くの人から話しかけられ、鹿児島には心温かい方が多いと感じられた。普段は都内でビルに囲まれ、スマホやPCばかりを見て過ごしていることもあり、その優しさがとても心に沁みた。頻繁に行ける場所ではないが、今後も心と体を休めるために自然に触れ、現地の方々と会話をする時間を大切にしていきたい。

K・Tさん(♂)

今年のGW、思い立って滋賀県のびわ湖へ行った。以前から「一度びわ湖を見てみたい」と思っていたこともあり、車で出かけることにした。滋賀県を訪れるのは今回が初めてである。混雑を避けるため夜中に出発し、車中泊を経て朝6時頃に到着した。浜辺を歩いてみると、静けさと澄んだ空気が相まって、どこか神秘的な雰囲気を感じた。今回の本当の目的地は「びわ湖バレイ」である。ロープウェイで一気に山頂付近まで上がることができ、そこから見下ろすびわ湖の景色は、言葉では表しきれないほどの絶景だった。写真や動画で見ていた琵琶湖とはまったく別物で、目の前に広がる圧倒的なスケール感や、肌で感じる空気の清らかさは、その場に立たなければ味わえないものだと強く実感した。この体験を通して、実際に自分の足で訪れ、体感することの大切さを改めて感じた。どれだけ写真や映像技術が発達しても、現地で感じる空気や温度、そして心が動く瞬間には、やはり特別な価値がある。次は島根県の石見銀山を訪れてみたいと考えている。さらに時間ができた際には、沖縄や北海道といった場所にも足を運び、自分の世界を広げていきたい。

T・Tさん(♀)

「キャパオーバー」という言葉を、一度は耳にしたことがあると思う。私は以前「キャパが広い人=仕事ができる人」だと考えていた。そのため新卒の頃は、「仕事ができると思われたい」という気持ちが強く、とにかく何でも仕事を引き受けるタイプであった。当時、全国にある店舗の棚板の発注業務を担当していたのだが、店舗ごとに棚の形状や厚み、仕上がりが異なるため、確認事項も多く、非常に細かい仕事であった。私は「自分で全部できるようにならなければならない」という思いが強く、できるだけ上司を頼らず、一人で対応しようとしていた。最初は何とか回せていたものの、発注が増えるにつれて確認漏れや発注ミスが増え、最終的には「絶対に間違えない」と思っていた単純な部分までミスをするようになってしまった。その時初めて「キャパオーバーになると、頑張っているつもりでも、かえって仕事の質が下がってしまう」という事実に気づいた。そして、自分だけでなく、周囲にも迷惑をかけてしまうことを痛感した。また、キャパは「生まれつき決まっているもの」ではなく、経験や周囲との関わり方によって、少しずつ広がっていくものだとも感じた。実際、私自身も3年ほど経った頃には、他の業務と並行しながら別の発注業務もこなせるようになり、自分なりにキャパを広げることができた。失敗したり、周囲を頼ったりしながら、自分に合った進め方を知っていくことで、人は少しずつ成長していくのだと思う。

M・Sさん(♀)

昨今、SNSに会社に関する情報を投稿することが問題となっている。あらゆるところで口が酸っぱくなるほど注意喚起されているが、それでも後を絶たない。投稿した本人に「会社の情報を公開している」という意識がなくても、写真に写り込んだ資料や社員証、社内の様子などから、インターネット上では簡単に会社名や個人情報が特定されてしまうことがある。その結果、会社の信用を損なう重大なトラブルへ発展する可能性もある。また、一度インターネット上に公開した情報は、完全に削除することが難しいと言われている。「身内だけに公開しているつもり」の投稿であっても、思わぬ形で拡散される可能性があるという意識を持つことが重要である。SNSへ投稿する前には、その写真や内容が適切なものか、会社や周囲の人に迷惑をかける恐れがないかを十分に確認する必要があるだろう。

S・Oさん(♂)

仕事をしていると、意外にも毎日のように様々なものへ名前を付けていることに気付く。ファイル名、フォルダ名、変数名、テーブル名など、挙げればきりがない。また、その場では「後で見ても分かるだろう」と思って付けた名前でも、時間を空けて見返したときに「これは何の意味だっただろうか」と迷ってしまうこともある。私自身、以前に打ち合わせ資料へ単純に日付と客先名だけを付けて保存してしまい、後から「どの資料が何の内容だったのか」が分からなくなり、探すのに苦労した経験がある。名前というのは想像以上に重要であり、分かりやすい名前が付いているだけで、仕事のしやすさは大きく変わる。逆に、曖昧な名前では確認に余計な時間がかかり、作業効率も下がってしまう。派手な改善ではないが「次に見る人が理解できる名前を付ける」という意識は、チームで仕事を進めるうえで非常に大切だと思う。今日もし何かに名前を付ける機会があれば、未来の自分や周囲の人が見ても分かるかを、少しだけ意識してみてほしい。その小さな積み重ねが、結果としてより円滑な業務につながっていくのだと思う。

Y・Yさん(♂)

最近、業務で不具合調査をしていて、強く感じることがある。それは、難しそうに見える問題ほど、実は単純な思い違いが原因であることが多いということである。例えば、ある時「Webページが表示されない」という問い合わせがあった。原因を詳しく調べてみると、単純に接続先を誤っていただけであった。別のケースでは、「権限エラーが表示される」という問題があった。こちらも確認した結果、変更した権限設定がまだ反映されていなかっただけであった。さらに、「サーバのCPU使用率が100%に張り付いている」という相談を受けたこともある。重大障害を疑ったが、実際には「100%使用中」ではなく、「100%利用可能」という意味の表示を誤解していただけであった。もちろん、本当に複雑な障害も存在する。しかし実際には、前提となる思い込みが原因になっているケースは非常に多いと感じている。人は情報を客観的に見ているつもりでも、無意識のうちに自分の予想に合う情報ばかりを集めてしまう。その結果、本当は単純な原因であるにもかかわらず、難しく考えすぎてしまうのである。私自身も、そのような経験を何度もしてきた。だからこそ最近は、調査で行き詰まった時ほど、基本に立ち返ることを意識している。接続先は本当に正しいのか。設定は確実に反映されているのか。表示内容を正しく理解できているのか。こうした初歩的な確認を丁寧に行うだけで、解決できる問題は意外と多い。技術的に難しい知識を学ぶことも重要である。しかしそれ以上に、自分の前提を疑う姿勢こそが、問題解決において大切なのではないかと感じている。

S・Kさん(♂)

「コミュニケーションコスト」という言葉をご存じだろうか。コミュニケーションコストとは、その名の通り、コミュニケーションを取る際に発生する時間や労力のことを指す。このコストが高い状態とは、無駄な時間や手間がかかっている状態であり、逆に低い状態とは、効率よくスムーズにコミュニケーションが取れている状態を示す。私が以前携わっていた現場で、このコミュニケーションコストを強く意識するきっかけとなる経験があった。その現場は非常に忙しく、プロジェクトメンバー全員が多忙な状況だったが、中でも特に忙しかったのがPMであった。その方は現場経験も長く、知識も豊富だったため、プロジェクトの内外から頻繁に質問や相談を受けていた。しかし、繁忙期にその対応へ時間を取られ続けた結果、自身の業務が回らなくなってしまった。最終的には、「土日に出勤し、平日に休む」という形で、物理的に話しかけられない時間を無理やり確保するしかない状態になっていた。そのときPMからプロジェクトメンバーに対し、「報告や質問の仕方を見直してほしい」という話があった。私が当時意識して行ったのは、「内容を事前に文面へ整理しておくこと」、そして「質問の際には、自分が事前に試したことや調べたことを簡潔に伝えること」である。少しでも相手への負担を減らせるよう心掛けた。PMの働き方が変わった後も、私たちのプロジェクトだけでなく、他のプロジェクトも特に大きな問題なく回っていた。それを見て、それまでのやり取りの中には、必要以上のコミュニケーションが含まれていたのだと気づかされた。この経験をする前までは、こまめに報告や質問をすることが良いことだと思っていた。しかし場合によっては、それが相手の時間を細切れに奪い、結果としてコミュニケーションコストを高めてしまうこともある。日々の報告や質問の仕方を少し見直し、「相手の時間をどう使うか」という視点で、コミュニケーションコストを意識してみてはいかがだろうか。